「妻へ(3)」

「妻へ(3)」

狂気の沙汰ほど面白い*1

---


 食べること。
 それがあなたの愛ならば、
 眠ること。
 それを私の美徳としよう。

 私は深くそう思う。


 祈ること。
 それがあなたの退屈ならば、
 飾ること。
 それを私の憎しみとしよう。

 私は努力した。
 そう思いたかったのだ。

   *

 「煮つけ お造り 揚げもの焼きもの
  酢〆 首絞め 鯖折りこぶ〆
  どれもみなよい
  みなどれもよい」

 「小人 讃美歌 住不退転
  両目 片言 三つ目や四つ目
  ないものはあり
  あるものはなし」

 「うたい うたわれ 二人同行
  思慕に 参歩に 浮き沈み歌
  よいものはない
  ないものはよい」

 「ぬめり ぬめられ ふるえる喉笛
  良妻 秀才 からくれない色
  勝つなら負ける
  負けたら勝てる」

 「目玉 目ん玉 鰯の頭
  汁と いがらと 肉と脂よ
  食らわば食らえ
  笑わば笑え」

 「うたへ うたた寝 気づけば焼き場
  肢体 死に体 造るは板場
  敗者の腐敗よ
  死者の不敗よ」

   *


 もうだいぶ前になるが、気まぐれに私は私の腕を食べたことがある。
 萩原朔太郎の「蛸」という詩を読んで、やってみようと思い立ったのだった。
 その行為に、妻に対する嫉妬が無かったと言えば間違いなく嘘になるだろう。

 そして風呂に入り、自作の酷い出来の歌を歌い、寝入り際、私はしみじみと思ったのだった。
 自分の妻に敗れ去ること――さいころを幾度も振って好みの目を出すことのように、とても簡単に思えたそのことが――けれども私がついに成し得なかったそのことが――どれほど私にとって価値のあることだったのかということを。今では繰り返し思うばかりである。

*1:福本伸行『アカギ 〜闇に降り立った天才〜』より