Quiginu#7正午

美術館 或いは、路上での出来事


それはとても透明だから最初はそうとは気が付かないけれど
本当はとても分厚くて幾度も高熱によって捻まがったもので
あの男は何も知らずにそれをウィンドウに取り付けているが
本当はその硝子を嵌め込んだら最後その建物には出口が無い
なかにいる彼女はもう外に出られないしやがて息も出来ない
息も出来ないようになるだろう僕は何も遠くからずっと見て
彼女が無表情で壁にもたれた人形のような造作の彼女の顔が
何も変化を起こさないこととそこで行われている一連の作業
永久というものを胸苦しく連想させるその工事にぞっとして
なかにひとがいるんだ!お前!閉じ込められているんだ!と
叫んだのだけれど工事の男の眼には閉じ込められゆく彼女が
見えない見えないんだ何も見えないのは彼の眼なのか或いは
僕の眼が病んでいるのかだって頬骨の上を淡くオレンジ色に
染めた化粧でカールさせた髪と伏せた瞼の青色と薔薇色の唇
壁にもたれて外を見ている細くて長い睫毛まで僕には見える
僕は本当は叫んでいないのか知らせたつもりになって本当は
路上で大声をあげることすら出来ない愚者である弱いのだと
思い知ったつもりでも違う今必要なのはそんなことじゃない


「あの建物は何の建物なんですかまだ工事中みたいだけど」
「美術館ができるのよ外側もそんな感じでしょう芸術的で」


通りすがりの女性と平穏に会話をしている自分に吐き気がする
ばかげた言葉だ芸術的だなんて最高に意味がない言葉のひとつだ
だいいち下品だここらの世間には反吐が出る心情もない志しもない
本当は閉じ込められていくのはあの工事の男とこの馬鹿な女性と僕で
僕と路上にいる多くの人々が皆あのぶ厚い捻まがった邪悪なガラス板で
彼女の立つ場所から遮断されていくんだあの白くて清廉な世界に入れずに


炎天下


それは路上での出来事


もうすぐ正午だ


僕が空に順番に浮かべていく妄想を彼女は知っているだろう
という妄想を工事の男は知っているだろうしそして何もかも
あの女性に知られているということを全部僕は心得ていてる
境界が失われていく違う境界は失われるもののうちのひとつ
と云う方が正確だ多くのものが失われていく損なわれていく


路面電車がやってくるから行かなくちゃ汗ばんだ右手の中に切符があるから
彼女は相変わらず涼やかに閉じ込められてゆく男も汗を拭いて作業を続ける
道を行く人々の誰も工事中の建物なんか見ない見る価値がない見る暇もない
違うそんなことを云いたいんじゃない思いたいんじゃない考えるんじゃない
ただまだ何処にも行けない動けない逃げだせない消えられない誰も殺せない


だから


僕はここにいる


白くなってゆく視界


すべての変化が悪い方に起こると云うのは錯覚だ
もしそう感じられるならそれは変化する前から侵されていたのだ


青い空あおいそら路上での出来事
捻まがったガラス捻くれ曲がった硝子ぶ厚いぶ厚い硝子あつい暑い正午前