春鬼 (2)
*
女は覚悟が良くて/私などより見事に散らかる。/心も足も曝して見せる。/彼女を散らかしたのは/私であった。/その私が目を逸らし/女が真直ぐ/見詰めるものがある。*1
春がきた。
重たい赤ん坊を
白い薄手のシャツを着て
ずるずると音を立てながら。
わたしがこうして踏んでいる
わたし自身のわたしの影と
靴との隙から這い出してきて、
さあ、ああ、春がきた。
ふと足元に目を遣れば
春はひたすらに丸い眼で
昆虫のように
じっとこちらを見つめている。
芋虫よりもなまめかしい白い手が
わたしの足首をつかむ。
その手に死体の冷たさはなく、
燃えさかる恋の熱もない。
だから震えがとまらない。
*
――もう少しあたたかくなったら、一緒に野球を観にいこう。
そんな呪詛さえ春は吐く。
春は、
気が狂うほどに穏やかな南風を
音にして
声にならしめて
聞くものの脳内で言語に変化し
その想いさえ蝕んでいく。
いつかは在ったはずの
冷たい水のようだったわたしの戦慄は
春に飲まれて今はもうない。
*
春の心
春の脳
春の手
春の指先
それがもとから人だったのか
人を丸ごと食らい尽くして
酸素のように隙間なく
人のかたちを埋めたのか
わからないが
ここには春の人形があり
それはわたしの似姿で
心身を共有している。
*1:小川三郎「姿見」(『永遠へと続く午後の直中』収録)より