噤む朱
(「白い花」/作 セシルへの交換詩です)
その朱は苦かった
その朱いつぼみは苦かった
食べ物じゃないから
にがいと云いながら食むわたしに
あの子は云った
例年通り
花の季節の次には光の宴の皐月
そして雨期が訪れ大地は湿り
私は時を遡る
記憶の波が繰り返しうねり
ひとりいまも思うことは
あの朱は苦かった
その朱い花びらは苦かった
見せ物じゃないから
そう云ったあの子は
月日の流れを厭がって
いってしまった
ひとりいまも思うことは
花はやっぱり苦かった
と
そればかりで
奪って 食んで 毟って
飲んで 触れて 抱いて
そして噤んで
犯した私への復讐があの苦さだったのだとしたら
なんとささやかな抵抗だろう
「口紅つけてたの」
ずっとあとになって私は訊いた
あの子は否定してこう云った
「口紅なんかじゃない。
ただのリップクリーム」
リップクリーム
軽い響きだ
と思ってみるがすぐに打ち消す
とても苦かった
口紅じゃないなんて云ったくせに
苦くて朱が鮮やかで
やっぱり苦くて
あの子が厭いながらも剥がし脱がされる表皮の
ささやかな抵抗があの朱だったとしたら
なんとひそやかでいじらしい話だろう
いま私はひとり
あの子はもういない
月日の流れと繰り返す脱皮を厭うたあの子は
いまはもういない